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「夜読む日記」

2020年冬、30歳にして人生で初めて「推しの引退」というものを体験した。
私程度の熱量の者が「推し」と表現するのは少しおこがましい気もするが、17歳の高校2年生の時から13年間、その人は間違いなく私の人生における「憧れの大人」の中の1人であった。
その人(以下A氏とする)は2人組のコント芸人をしており、当時演劇部に所属していた私は、彼らの芝居にそれはもう多大なる影響を受けた。
父にDVDボックスを買ってもらい、持ち運び型のDVDプレイヤーを買い、それらを鞄に入れて登校し、学校の机の上で上映会をしてみたり、ライブに行ったり、セリフを全てパソコンに打ち込み台本を作ってみたり、果ては進路を決める際「ワタクシ芸人になります!」と教師や母親に宣言して、クラスで私1人だけ就職も進学もせず養成所に入った。(あまりにも向いていなさすぎて2年で辞めてしまったが)
劇団を辞めてからは私生活で色々あり、またA氏のコントユニット自体活動をしなくなってしまったため彼らの情報はたまにしか追わなくなってしまったが、そのコントユニットは私の青春の1つであった。

そんなA氏が引退を発表したのである。
初め私はあまりの衝撃に「ハハハ」と笑い、夫と、親しい友達に「A氏が引退した!!!笑」とラインで報告した。別に笑いたいわけではない。人間あまりにびっくりすると笑ってしまうものなのだ。
しかし時間が経てば経つほど楽しかった思い出や、もっとちゃんと情報を追っておけばよかったという後悔が湧き上がってくる。
そりゃあ推しは生きている人間だし、周囲の人も勿論そうだ。いろんな事情があって引退したに決まっている。それを飲み込まねばならぬ。
しかし、舞台で輝く彼らが永遠であってほしかったという気持ちがあることも事実。この心の矛盾。苦しすぎる。
理性で倒しても倒しても、ゾンビのように後悔や楽しかった思い出が蘇ってきて、遂に私はでかい声を出して泣いた。

その日私はコンビニで大量のスナック菓子を買い込み、大泣きしながら推しのコントを夜通し観た。夫も巻き添えにした。すまない。

そして私は爆食しつつ、あるサイトの存在を思い出していた。
Twitterが日本で流行る少し前、私は手書きブログというサイトにハマっていた。
手書きブログはその名の通り、文字やイラスト、アイコンやコメントに至るまで、全て手で書くブログサイトだ。
私はそこで、A氏のコントユニットのファンと昼夜問わず交流し、絵を描いたり、チャットで公演の感想を言い合ったりして過ごしていた。
交流していた友達は、当時はみんな学生やフリーターだった事もあり、それぞれ就活や進学、結婚で私生活が多忙になったタイミングで自然と交流する頻度は減っていった。あれから10年…?いや…確か18、19歳の頃だったはずだから…12年…。
あの頃は楽しかった…いや今も十分楽しいが、あの頃の、あの年齢でのインターネットでしか味わえない楽しさがあった。
今皆は何をしてどんな大人になっているんだろう…

数日間その思いを抱え過ごしていたが、我慢できなくなって思い切ってその中の一人にTwitterからDMを送ってみた。
するとその子が当時交流していた仲間に連絡を取り、その仲間が別の子を召喚して…とあっという間に同窓会のようなLINEグループが出来上がった。
すごく嬉しい。
「お互い歳をとったね〜」からはじまり、「コロナが明けたらまたオフ会して上映会しようね〜」なんて、いつになるかわからない未来の予定を作って再会を喜んだ。
そう、ネットは便利だし再会は嬉しいが、私たちの住んでいる場所は日本全国バラバラで、会うには飛行機や新幹線に乗らねばならない。やはり枷になるのはコロナ。コロナである。

しばらくライングループでは「コロナが明けたら」の話でもちきりになったが、ふとその中の一人が「せっかく再会できたから、お互いの地域のものを遠隔で交換しあわない?」と提案してきた。
詳しく聞くと「一人4000円と予算を決めて自分たちの住んでいる地域にあるお勧めのものを箱に詰め、互いに送り合いたい」という事だった。
なんだそれは!とても楽しそうじゃないか!!
しかもこれならお互い会わずに交流できる。よしやろう。早速やろう。

10年前は大金だった4000円を皆さらっと出し合い、マメな友達がみんなの住所を集め、送り先や食べ物の好き嫌いのリストを作る。
期限を決めるのが上手い友達は納期を決めてくれる。
みんな大人だ。大人になったのだ。
先述したとおり私はこの時30歳に突入したばかりで「ああ…ついに三十路か〜」とか「歳をとるのってなんだか嫌だなあ」なんて漠然と思っていたのだが、歳をとることって、心にも金銭にも時間にも、余裕が生まれて楽しめる物事の幅が増える事なんだなと気付いた。
うん。歳をとるって悪い事じゃない。

みんな思い思いの品を箱に詰め、日付を合わせて送り合った。
私はおすすめの調味料やお茶を詰め、今までインターネット上でしか交流したことのない友達に直筆の手紙なんかを書いたりした。ゲヘヘ。照れる。

開封も日付を合わせビデオ通話しながら行った。今まで顔を見たことのない友達と初めて顔を突き合わせる。照れ臭いけど会えない人と会えるというのはこんなに嬉しいものなのか。
その土地にしか売っていない調味料を詰めてくれる人、細々したお菓子をたくさん詰めてくれる買い物上手や、高級なコンビーフを丸々1本送るのに4000円を使う人、今の自分の推しのCDを布教用に入れてくる人、送ってくれるものに個性はそれぞれで、開封式からしばらくは「あれ食べたよ」「これ読んだよ」とお互いラインに送り合い、それはもう楽しい時間を過ごすことができた。
今は「今度はおすすめの漫画を送り合おうよ〜」なんて話もして、何を送るかワクワク迷っているところだ。

歳をとると終わってしまったり、変わってしまったりする事もあるけど、歳をとったから再会できる人、できる遊び、考えられるようになることもある。
推しの引退は悲しいが、推しが引退したからこそ得たものがたくさんあった。
こんなことを言うのは烏滸がましいが、きっと推しも手放したからこそ得たものや、身軽になったからそこ生み出せるものがあるはずだ。(私はいやらしいのでそういうことも考えちゃうのだ。ワハハ)
再会できた友達を大切にしつつ、推しがまた何かの気の迷いでコントを生み出したり、元気でいてくれるかな〜なんて都合のいいことを想像したりなんかして、ヘラヘラ過ごしていきたいと思う。
ファンに焦ったり悲しんだりしてほしくて引退する推しなんていないのだ。

まだまだ人生たくさん時間がある。いい方向にばかり物事が動くわけではないが、きっと人生は長い目で見ると失うものよりも得るものの方が多い。今回の私みたいにね。
無くなったものにだけ注目せずに、その周りに散らばった新しい面白い事をこれからもたくさん見つけて行けたらいいなと思う。

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ライター紹介

原田ちあき
イラストレーター・漫画家・京都芸術大学非常勤講師
誰の心の中にもある、鬱屈とした気持ちをカラフルに描く。

国内外問わず展示やイベントを行い、イラストの枠に収まらずコラボカフェ、アパレルデザイン、映画出演、コラムの執筆、コピーライター、バンドへのゲストボーカルなど活動は多岐にわたる。
誰かに喜んでもらえるなら何でもやりたい。

【連載】
「やはり猫にはかなわない」ソニーミュージック es
「原田ちあきの人生劇場」LINE charmmy
「しぶとい女」大和書房

【著書】
「誰にも見つからずに泣いてる君は優しい」大和書房
「おおげんか」シカク出版
「原田ちあきの挙動不審日記」祥伝社 等

【official】https://cchhiiaakkii8.wixsite.com/chiaki
【blog】http://cchhiiaakkii8.blog.jp
【Instagram】cchhiiaakkii9
【Twitter】@cchhiiaakkii
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