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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

真魚八重子「映画でくつろぐ夜。」 第2夜

Netflixにアマプラ、WOWOWに金ロー、YouTube。
映画を見ながら過ごす夜に憧れるけど、選択肢が多すぎて選んでいるだけで疲れちゃう。
そんなあなたにお届けする予告編だけでグッと来る映画。ぐっと来たら週末に本編を楽しむもよし、見ないままシェアするもよし。
そんな襟を正さなくても満足できる映画ライフを「キネマ旬報」や「映画秘宝」のライター真魚八重子が提案します。

■■本日の作品■■
『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』(2016年)
『ロング・グッドバイ』(1973年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

猫と映画

猫を飼っている。メスの黒猫で、うちに来てまもなく2年半。名前はオコエといって、マーベルの『ブラックパンサー』の登場人物からとった。映画のオコエは舞台であるワカンダ国を代表する、ものすごくカッコイイ女戦士だ。猫を飼うのは初めてだったので、おそらく敏捷で飛び跳ねるから、この名前はふさわしいのではと思ってつけた。猫を迎える準備をしながら、揚げ物をしてるときに台所に飛び込んだらどうしようとか、棚に上ってしまった際の危険などを色々考え、不安になってくるほどだった。

しかし、オコエは運動神経の鈍い子だった。遊ぶときにはしゃいでいても機敏とは言いがたいし、おもちゃの羽根を追いかけてグルリと宙で回ると、着地のときにドスン、とかビタンッという音がする。わたしが何かを取ろうとして手を伸ばしたときに、突然ダッシュしたオコエが激突してきて、牙が手の甲に刺さったこともある。口を開けて走っていたのも不思議だし、よその猫もそんな顔面からぶつかったりするんだろうか。

オコエは怖がりでもあって、いまだに爪切りしたり、段ボールを豪快に開けたりするだけでビクビク震えだす。それに抱っこもさせてくれない。持ち上げて膝に乗せてみても、「やめてー」と言いたげにニャーンと鳴いて、慌てて降りてしまう。それ以外は大半が眠っているので、オコエが愛想を見せてくれるのは撫ぜてほしいときだけだ。ある意味つれない相手なのに、こちらは欠かさずご飯をあげて、出かけている間もオコエを案じソワソワする気持ちを抱えているとは、愛とは見返りではないんだなあと感じる。どんくさくて怖がりのオコエだからこそ、わたしに安心しきって甘える姿がいとおしい。おなかを撫ぜられながら、毛づくろいをして満足そうな姿。ニャッニャッとわたしを呼んで、さあ撫ぜてと言わんばかりにドサッと身を投げ出す仕草は、どんな美女より誘惑的だ。

「猫っ可愛がり」という言葉は、まさに猫を飼っている人にだけ、体感としてわかる言葉ではないだろうか。無償の愛のような立派なものとも違う、うっすらマゾヒズムに近いような欲望の形だ。猫っ可愛がりなんて特殊な言葉を最初に思いついた人や、それを了解して広めた人たちにはよくやった!と言いたい。

猫が登場する映画は多い。しかし犬のようにしつけができないため、思い通りに動かすのはなかなか困難だ。プロの演技派猫は、人が大勢いる現場でもパニックにならず、おとなしく落ち着いていられるだけですごいと思う。

映画で有名な猫といえば007シリーズの悪役、プロフェルドが抱いているペルシャ猫だろう。悪役が白くて毛の長い猫を優美に撫ぜている演出は、悪役の代名詞的仕草としてパロディにもなっている。悪が従順な犬ではなく、自分とよく似た、気まぐれでときに気性の激しさを見せる猫を愛でるというのはイメージにふさわしい。でも『007は二度死ぬ』で、プロフェルドを演じるドナルド・プレザンスの腕の中にいる猫は、途中で爆発音にビックリして逃げ出そうとしたところを、プレザンスに必死に掴まれていてちょっと笑ってしまう。

『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』(2016年)

猫は思い通りにならないものだと思っていたので、本作のボブを見たときは驚いた。天然でこんな言った通りに動く猫がいるなんて、にわかには信じがたいくらいだ。原作はジェイムズ・ボウエンのノンフィクション。薬物依存症だったボウエンはある日、さ迷いこんできた猫と出会う。猫はボブと名付けられ、路上生活者のボウエンの運命を変えていく。

映画でも、ボブ自身がボブを演じている。やはりこんなに人懐っこくて演技の達者な猫はそうそう代わりを見つけられるものではない。タイトルからはホッコリした映画のような印象を受けるが、けっこうボウエンが堕ちていく麻薬中毒の悪循環や、人間関係のきしみはキリキリして重苦しいものだ。「猫との出会いくらいで人生が変わるか?」と疑ってしまっても、実際にボブの賢くてけなげな姿を見れば、こんな猫に好かれる運命を持っているだけで、人生が上向きになる奇跡も信じられる。

去年、このボブが天寿をまっとうしたのは、日本のネットニュースでも報じられた。これほど特異な能力を持った猫は100年に1匹も現れないかもしれない。

『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』

監督 ロジャー・スポティスウッド
出演 ルーク・トレッダウェイ, ジョアンヌ・フロガット, ルタ・ゲドミンタス

『ロング・グッドバイ』(1973年)

アメリカの探偵役といえば、ハンサムでカッコよくてキザな男性が定番だった。しかし本作でエリオット・グールドが演じた探偵、フィリップ・マーロウはくたびれていて、ツキに見放されている。ニューシネマとも共鳴する、1970年代のアメリカ映画のエッセンスが詰まった作品だ。

本作のマーロウは猫を飼っている。これは原作にはない映画オリジナルの設定である。ハンフリー・ボガートが演じるマーロウなら、猫などお構いなしだろうが、グールド版のマーロウはめっぽう猫に弱くてまさに奴隷状態だ。深夜にご飯を要求され、猫の好みのキャットフードのストックが切れていたとわかれば、わざわざスーパーへ買いに出かけるほど。ここでも、ロバート・アルトマン監督の演出は伏線の仕掛けをきちんとこなしつつ、映画らしくないナチュラルな都会の夜を切り取る。

よくわからないうちに出来事が起こっていて、気づかないうちに事件に巻き込まれている、映画の新しい形態がある作品で、今観ても非常に斬新だ。

『ロング・グッドバイ』

監督 ロバート・アルトマン
出演 エリオット・グールド, スターリング・ヘイドン

さっきうたたねをして、目が覚めたら足の間に何かが挟まっている感触があった。オコエがいつの間にかもぐりこんで、一緒に眠っていたらしい。足に触れるとても温かく柔らかいもの。わたしが起きた気配で目を覚ましたオコエは寝ぼけ顔で、瞳がうるみ滲んだようになっている。こんな時のまだぼんやりしているオコエの表情が好きだ。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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