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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

真魚八重子「映画でくつろぐ夜。」 第3夜

Netflixにアマプラ、WOWOWに金ロー、YouTube。
映画を見ながら過ごす夜に憧れるけど、選択肢が多すぎて選んでいるだけで疲れちゃう。
そんなあなたにお届けする予告編だけでグッと来る映画。ぐっと来たら週末に本編を楽しむもよし、見ないままシェアするもよし。
そんな襟を正さなくても満足できる映画ライフを「キネマ旬報」や「映画秘宝」のライター真魚八重子が提案します。

■■本日の作品■■
アドバンスト・スタイル そのファッションが、人生』(2014年)
間奏曲はパリで』(2013年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

老いとファッションと映画

昨年末に亡くなった母は、わりと着道楽だった。特に最後の一年ほどは服への執着があらわになって、若い頃に着ていたお気に入りの着物が、自分の死後どうなるかを案じていた。「あんたにあげたいけど、若い子の着物だから着られないわよねえ」と何度も言い、かと言って娘以外には手放すのが惜しいといった様子だった。

わたしが実家にいた頃、母が着物を着ている姿は冠婚葬祭以外で見たことはなかったが、晩年は「稽古のときに着物が着られるから」と、踊りを習いに行っていた。立って踊るのはしんどいので、椅子に座ったまま、手だけ舞を教えてもらっていたらしい。たまに「制服に憧れて○○高校に入った」という女性がいるけれど、服が動機で何かを始める情熱はすごいなと思う。

老年期に入った母はいつも「着られる服がない」と嘆いていた。これは、「着たい服」と「ラクな服」で折り合いのつくものがないという意味だった。年を取ってくると体型が変わり、若い頃に着ていたブランドの服がしっくりこなくなる。それに動きを制限する形が若い頃より負担となり、裾が長いと足を取られて転んだりもしてしまう。しかし、ラクな服はデザインや色に納得がいかない。それでずっと悩んでいたが、結局肉体的にラクじゃないともたないため、ユニクロを日常使いしていた。ユニクロが悪いという意味ではない。ラクで温かいからありがたいのだが、しかしファストファッションであり、自分の選択に個性が感じられないのが寂しいのだ。母は全身ユニクロでは侘しいので、60代で着ていたyoshie inabaを普段着におろして組み合わせていた。

わたしはコロナの流行以降、外出用の服はほとんど取り出していない。家着用に買ったものばかり使い回して、連日同じような格好だ。先日、タンスの中を見ていくと(こんなニット持ってたんだな)とか、(このパンツ、存在も忘れてた)といった、しばらく触ってないうちに記憶から抜け落ちた服が色々とあった。それらのしばらく袖を通していない服たちは、なんだか他人行儀でよそよそしく感じられた。

結構な数の、まだ数えるほどしか着ていない洋服を、このままタンスの肥やしにするのはもったいない。なので外出用2軍の服を、幾枚か家着としておろすことにした。すると、やっぱり楽しい。家事をするとき汚れが付かないよう気を使うし、普段着にしたとたんしわくちゃになったけれど、何気ない時間も楽しいほうがいい。コロナがいつまで続くかわからないので、気分が晴れない人は、今度の夏の衣替えではおしゃれ着を自分のために、いくつか普段使いに回してみてはどうだろうか。

『アドバンスト・スタイル そのファッションが、人生』(2014年)

ニューヨークに住む62歳から95歳までの、異彩を放つ個性的なファッションに身を包んだ女性たち。一瞬ワッと思って見てしまうが、酔狂なようでいてバランスが極端なところで取れた、上級者のおしゃれだ。「年を取ったら顔がくすむから、明るい色の服を着たほうがいい」なんていう話はよく聞くが、彼女たちはもっと突き進んで、絵画のように劇的でカラフルなおしゃれを楽しむ、というより創造している。ファッションは身にまとうクリエイティブな作業だ。

彼女たちのおしゃれは決して一朝一夕にできるものではなく、人によってはファッション界で鳴らしてきた経歴が裏打ちとなっているようだ。たぶん、若い頃はハイブランドに大金をつぎ込んできたんだろうな、と思わせる集大成としてのお遊び。こういった華美な色の組み合わせや奇抜なファッションは、決してむちゃくちゃに組み合わせればできるものではない。人と違った格好をしようと思い立ったところで、バランスに欠けては下品になってしまう。彼女たちの、長年培われてきた経験から計算されたコーディネイトは、こんな楽しみを持って年を取れたらいいな、と理想のひとつになる。

『アドバンスト・スタイル そのファッションが、人生』

監督:リナ・プリオプリテ
製作:アリ・セス・コーエン

『間奏曲はパリで』(2013年)

年をとったとき、若作りをしたいとは思わない。でもまあ、肌や体型がだらしなくなっていくのは避けたいと思っても、人間である限りはどうしようもないだろう。しかし、フランスの女優イザベル・ユペールは別だ。なぜだかわからないが、彼女は神の恩恵で老化から守られているとしか思えない。もう70歳手前なのに、若い頃とまったく変わらぬ容貌。ファッションは昔の自然体より、今のほうがスーツの着こなしがこなれておしゃれ度が増している。近年になって国際的に人気が高まり、むしろ出演作が増えているエネルギッシュさも憧れる。

この映画では田舎町で暮らす女性が、刺激のない日々から抜け出そうと、夫に嘘をついてパリへと遊びに行く。そこではステキな出会いもあって楽しく過ごすのだが、じつは妻の行動に不信感を抱いた夫が、彼女の後をつけている。お互いの行動がわかった夫婦は、果たしてどんな選択を下すか、という物語だ。

髪と同じ色のロシア帽をかぶったイザベル・ユペールが、ものすごく可愛い。かといって若作りの可愛さではなく、年相応な中にオキャンな遊び心と大胆さがあっていい。普通なら悪目立ちする要素がすべてチャーミングになる、年齢を超越した魅力がある。

映画の内容も、不倫について今日日なら怒られそうな演出だが、大人の寛容さと愛の自在さがあって、繊細で深い夫婦愛を描いた作品だ。

『間奏曲はパリで』

監督・脚本:マルク・フィトゥシ
製作:キャロリーヌ・ボンマルシャン
出演:イザベル・ユペール、ジャン=ピエール・ダルッサン、ミカエル・ニクヴィスト、ピオ・マルマイ 

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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