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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

真魚八重子「映画でくつろぐ夜。」 第9夜

Netflixにアマプラ、WOWOWに金ロー、YouTube。
映画を見ながら過ごす夜に憧れるけど、選択肢が多すぎて選んでいるだけで疲れちゃう。
そんなあなたにお届けする予告編だけでグッと来る映画。ぐっと来たら週末に本編を楽しむもよし、見ないままシェアするもよし。
そんな襟を正さなくても満足できる映画ライフを「キネマ旬報」や「映画秘宝」のライター真魚八重子が提案します。

■■本日の作品■■
『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』(17年)
『オレの獲物はビンラディン』(16年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

実話と創作と映画

 最近の映画は実話ベースのものが多い。「事実は小説より奇なり」というのは、映画のストーリーを考えるうえで束縛のようになっている。よくできた話が机上の空論に見えてしまい、奇想天外な話はSFにでも振り切らない限り、リアリティがなくて白けてしまうようになった。

 やはり、2001年のアメリカ同時多発テロ事件は大きな出来事すぎたのだなと思う。それまでよく作られていたディザスタームービーが、現実の映像にかなわなくなってしまった。人間の凶悪さがこれほど甚大な被害をもたらす様子は、創作で作り出しても非現実的な絵空事にしかならない。

 『アベンジャーズ』ですら、911の影響下にある作品として現実の痕跡を感じてしまう。そして敵が襲来する、壮大な宇宙とつながった描写は、とたんにリアリティの外から来るような印象で、都市の破壊描写に比べてなにか心に刺さらないのだ。911のニュース映像は、現実と創作の究極の狭間であったのではないだろうか。だから、それ以降の未曽有のリアルな映像経験をもたらす創作物は、難しくなってしまった。

 原因にはSNSの浸透も当然ある。その中でも、ネットを通して人間心理が鋭利になりつつ、同時にナイーブで精緻な細分化が目に見えるようになった部分が大きいと思う。人間がこんなに複雑であるのに、創作で作り出した人間描写が現実に比肩しうるか、作り手がひるんでしまうのも当然だ。だったら、実際の出来事を映画にした方がいい。創作なら「非現実的」と言われてしまうようなとんでもないことも、現実に即しているのだから有無を言わせずに済む。

 逆に、創作物なら「ベタすぎる」と批評されてしまうような物語も、実話なら「そんな王道みたいな出来事が本当に起こるんだな」という免罪符を得られる。最近だと『グリーンブック』がその典型だ。インテリの有名人である黒人ジャズピアニストと、人はいいが粗暴なイタリア系白人の運転手が、旅を通じて友情を深めていくという実話に基づいた映画だった。

 ただし、この作品には「ハリウッドの白人向け黒人映画」といった批判も起こった。主人公二人の関係性もかなり美化されていると、遺族からの不満の声もある。実際のところ、実話を基にした映画と、実話を描く映画は異なる。その実話自体を知らしめたいと思って映画化するのと、その実話がはらむ意味を意見として表明したいという意思は違う。もちろん、当人を利用されてしまった遺族がたまらない気持ちになるのは当然のことだ。しかし実話から着想を得て、メッセージ性を先鋭化させていく創作方法があるのも否定できない。

 願いや祈りを呪術のように込めた創作が、ただ娯楽として消費する行いと解釈されることもある。表現はどうしても、娯楽という面も伴わずにいられないものなのだが。

 映画界の実話と創作物の関係性は、今後も密に続くだろう。ただし近年まで許されていた創作のあり方が、厳しい倫理によって批判を受けていく流れはすでに始まっている。現実の事件から、虚構へと飛躍していく合間にどう折り合いをつけるかが、問題となっていきそうだ。

『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』(17年)

『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』

監督:クレイグ・ギレスピー
出演者:マーゴット・ロビー/セバスチャン・スタン/アリソン・ジャネイ

 アメリカ人のフィギュアスケート女子選手として、初めてトリプルアクセルに成功したトーニャ・ハーディング。しかしその名は、トーニャの元夫がライバル選手を襲撃し、ケガを負わせたセンセーショナルな事件で歴史に刻まれてしまった。

 本作で面白いのは周囲の人々の再現具合である。極端な変わり者や虚言癖の持ち主などだが、ご本人登場シーンを見ると、なんら誇張はされていない演出だったことがわかる。これは創作でやってしまうと過剰に盛りすぎと捉えられるだろうから、やはり事実の強みだ。

 本作の趣旨はトーニャ・ハーディングのリアルな半生を振り返るというより、育ちが悪いと思われた少女が、オリンピックのスケート競技を通じてアメリカの代名詞にされたり、またはそこから引きずり降ろされたりと、勝手に翻弄されてしまう運命の酷さの指摘といえる。また毒親に育てられた少女が、モラハラ男性に惹かれる負の連鎖の話でもあって、自分が閉じ込められている狭い世界から、女性が抜け出すことの大変さを訴える側面も持つ。

『オレの獲物はビンラディン』(16年)

『オレの獲物はビンラディン』

監督:ラリー・チャールズ
出演者:ニコラス・ケイジ/ラッセル・ブランド

 近年の実在する奇人変人の映画化といえばコレ。コロラドの田舎町で暮らす冴えない中年男ゲイリー(ニコラス・ケイジ)。彼はちょっとヤバめな愛国主義者で、同時多発テロの首謀者とされるオサマ・ビンラディンを、政府がいまだに見つけられないことに苛立ちを募らせていた。ある日、ゲイリーは人工透析を受けていた最中に、神の啓示によってビンラディンを捕まえることを決意する。そしてヨットでパキスタンへと向かう。

 虚構が諸々、現実にかなわない映画である。映画のタッチとしては、暴走するゲイリーの目線になるのではなく、どこかその奇行を冷静に見つめており、かといってシニカルに批判するものでもない。フィクションでは「リアリティがない」と言われるはずの、嘘みたいな行動をとった人物として主人公にしたくなるものの、その核となるのが極端な思想なので、繊細さが必要な昨今では映画化には難しい題材であったと思う。さすが「ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習」を撮ったラリー・チャールズ監督だけに、その距離の取り方は絶妙だ。

■■本日の作品■■
『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』(17年)
『オレの獲物はビンラディン』(16年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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