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真魚 八重子「映画でくつろぐ夜」

真魚八重子「映画でくつろぐ夜。」 第23夜

Netflixにアマプラ、WOWOWに金ロー、YouTube。
映画を見ながら過ごす夜に憧れるけど、選択肢が多すぎて選んでいるだけで疲れちゃう。
そんなあなたにお届けする予告編だけでグッと来る映画。ぐっと来たら週末に本編を楽しむもよし、見ないままシェアするもよし。
そんな襟を正さなくても満足できる映画ライフを「キネマ旬報」や「映画秘宝」のライター真魚八重子が提案します。

■■本日の作品■■
『バベットの晩餐会』(87年)
『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』(15年)

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

おいしそうな食べ物と映画

連載の当初からたびたび考えていたテーマなのだが、意外においしそうな料理が登場する映画というのは少ない。本当に不思議である。睡眠欲、性欲、食欲といった根源的な欲望はどれも映画の重要な要素だし、確かに食事のシーンはよく見かける。でも、食べているなあと思うだけで(うわー、おいしそう!)とよだれがでそうになることはない。映画に登場する食べてみたい料理って、そんなに多くはないのだ。

伊丹十三監督の『タンポポ』(85年)は、ラーメンや食にまつわる映画として日本映画史に残るとは思うものの、ねばっこいエロティックなシーンが多すぎて食欲が減退してしまう。まだ、エロスがあっさりしていたら生ガキが食べたいとも思えたかもしれない。しかし食欲と性欲は同時に両立しないようで、登場する食べ物を味わいたい気分に生理的にならないのだ。それから本作は小話的な挿話も入るのだが、ある話では危篤状態の女性が、子どもと共に最後を看取ろうとする夫から「そうだ、飯を作れ」と声を掛けられる。すると彼女はふらりと起き上がってチャーハンを作り、バタリと息絶える。最期に母の役割をさせてやるという美談なのだが、これが通用するのは昭和までだよなと思う。

おいしそうだったけれど、全然ソフトが流通していないのが中国映画の『ただいま』(99年)だ。もしレンタルDVDを見かけたら、ぜひご覧いただきたい良作である。物語は長い刑務所生活から一時帰宅を許される女性と、彼女の付き添いとなった看守の女性のロードムービーである。正月休みで自宅に戻るため、真冬の道中は凍えるようで息も真っ白だ。その二人が途中でおなかが空いたことに気づいて、もうもうと湯気の立つ水餃子を食べるシーンがある。手打ちのモチモチしていそうな皮の餃子で、このシーンは20年以上前に観たのに、いまだに鮮やかに思い出す。わたしが皮からの手作り餃子に思い入れがあるのは、この映画の影響が大きいと思う。

食べ物描写が全体においしそうなのはやはり香港映画だ。韓国映画もかなりポテンシャルは高いが、香港映画に登場する炒め物の彩りや湯気などの表現は強い。ジョニー・トー監督のフィルムノワールでは、殺し屋たちが手早くおいしそうな料理を作る場面が多く魅力的である。ただ、『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』(09年)では、ゴキブリが這いまわっていた台所で作っていたので、観ていて顔が歪んでしまった。ジョニー・トー映画の料理はどれもおいしそうなものの、意外に食事と立て続けにゲロを吐くシーンがあるので、油断がならない。

料理に注目を集める映画の少なさは不思議である。シェフを主人公にした映画であっても、意外に手元の料理を丁寧に写したりはしないし、さらに喫煙描写があったりしてびっくりする。きっと取材はしているから、実際に有名シェフで喫煙者がいたりするのだろうが、タバコで繊細な味覚が狂ったりしないのだろうか。それにたぶん映画の構成上、おいしい料理を写すよりもタバコを吸うやさぐれた仕草の方が、内面や人柄を表すということなのだと思う。おいしい料理の場面が少なく、重要さで下位に置かれているのは、映画を志す人たちも、意外に理由を考えたりするのは重要なことかもしれない。

<オススメの作品>
『バベットの晩餐会』(87年)

『バベットの晩餐会』

監督・脚本:ガブリエル・アクセル
出演者:ステファーヌ・オードラン/ビアギッテ・フェダースピール/ボディル・キュア/ビビ・アンデショーン

19世紀、ユトランドの田舎町。信仰心の強い地域で、牧師の娘である姉妹2人が嫁ぐこともなく老い、父亡き後も敬虔な日々を送っている。二人の元にはフランスから亡命してきた女性バベットが紹介で現れ、家政婦として働き始めた。ある日バベットは宝くじに当たるが、彼女はそのお金で姉妹の晩餐会の調理をしたいと言う。しかし清貧を良きこととする老人たちは、運ばれてきたウミガメなどの料理の素材を見てショックを受ける。天罰を恐れた彼らは、決して食事を味わったり語ったりしないと申し合わせる。

バベットがただ熱心に料理を作り、次第にそのおいしさに老人たちもほぐれていく、慎ましい優しさがしみる作品。バベットの得意料理であるウズラのパイをはじめ、料理もお酒ももちろんおいしそう。料理を通してバベットの正体がわかるシーンも感動する。

『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』(15年)

『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』

監督・脚本:ジョン・ファブロー
出演者:ジョン・ファブロー/ジョン・レグイザモ/ボビー・カナヴェイル/スカーレット・ヨハンソン/ダスティン・ホフマン

 文句なしに、一番食事がおいしそうな映画はコレだろう。一流の腕前を持つ料理人キャスパーは、保守的なオーナーと衝突してしまった。おまけに影響力のある料理評論家とも喧嘩になり、それを不得手なネットで炎上騒ぎにしてしまい踏んだり蹴ったり。もはや料理人の道は閉ざされたかに見えたが、キャスパーは形式にとらわれず、キューバサントイッチのフードトラックの移動販売を始めることにする。

 キャスパー役のジョン・ファブロー自身がプロ顔負けの料理上手なためもあり、調理シーンの手際が見事。だから出来上がった料理もきっと熱々でおいしいだろうと思わせる。彼らが売るキューバサンドイッチはもちろん、移動しながらその土地土地の名物を食べていくのがワクワクする。ラストも手放しで幸福感に包まれる、本当においしそうでハッピーな映画だ。

※配信サービスに付随する視聴料・契約が必要となる場合があります。

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ライター紹介

真魚 八重子
映画ライター
映画評論家。朝日新聞やぴあ、『週刊文春CINEMA!』などで映画に関する原稿を中心に執筆。
著書に『映画系女子がゆく!』(青弓社)、『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)等がある。2022年11月2日には初エッセイ『心の壊し方日記』(左右社)が発売。
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