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「おつかれ、今日の私。」Season2

東京生まれの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のMCを務める人気コラムニストで作詞家、プロデューサーのジェーン・スーが、毎日を過ごす女性たちに向けて書き下ろすエッセイです。

おつかれ、今日の私。 vol.15

自分のことをいちばんわかっていないのは自分自身、なんて言葉をよく聞く。この場合の「自分のこと」って、性格や行動のクセのことなのだろう。私は、自分の精神状態についても同じことが言えると思う。自分がいまどんな状態にあるのかって、私は意外とわかっていない。

「楽しい」とか「うれしい」といった前向きな感情は比較的把握しやすいものの、後ろ向きな感情は、真っ只中にいる時ほど把握できていないことが多い。あとから「ああ、私は悲しかったんだな」「怒ってたんだな」と振り返るのが通常運転。

もっと難しいのは、体と心が一体になったネガティブ状態を把握すること。疲れているかは、ギリギリ自分でもわかる。でも、弱っているか否かの認知はとても難しい。

疲れは私をウンザリさせる。イライラもさせる。言動がぞんざいになるし、集中力がなくなって失敗もする。はしゃいだり、大きな声で喋ったりもする。制御がきかなくなるのだ。そういう時は、ああ疲れているんだなとわかる。

弱りは疲れプラスαの状態で、単なる疲労との区別がつきづらい。数少ない見分けポイントを挙げるならば、弱りは私をめそめそさせる。イライラするうちは疲れ。めそめそしてきたら、「これは疲れを通り越して弱ってきたな」と自覚する。

自覚したところで、回復の手立てはすぐには見つからないのが本当に厄介。それでも、まずは「疲労ではなく弱り」だと認識することが、私にとっては大切なのだ。なぜなら、疲労とちがって「弱り」は休んだだけではもとに戻らないから。

めそめそしたら、私は私を注意深く観察する。なにがきっかけでそうなったのかを探る。たとえば、いつもなら「わかる、わかる」と同意したくなる、誰かが誰かを褒めている場面に遭遇したとしよう。「あの人って本当に性格がいいよね」とか「あの子は人の話をしっかり聞いてくれるよね」なんて言葉を聞いて、まるで自分にバツを付けられているような気持ちになるなら、それはもう弱り。

普段はなんとも思わない言葉を耳にし、強い酸を掛けられじわじわと内部に侵食してくるような痛みを感じたら、私はもう完全に弱っている。

こうなったら私を弱らせているものを見極めて、排除するのがいちばん手っ取り早い。だけど、たいていは排除しがたいものばかりなのだ。根っからのコンプレックスはもちろん、仕事にしろ恋愛にしろ家族にしろ、捧げている愛情や誠意が対象から返ってこない時なんかもそう。恥ずかしながら、私が弱る時はだいたい愛情不足が原因。自分から自分へ注ぐ愛情も含めて。

疲労回復が目的なら、とにかく寝るのが一番。弱りからの回復には、もう少し手間が掛かる。ひとまず休息を取り、次にお風呂に浸かる。体力が残っていたら、お風呂でカカトやデコルテをケアする。風呂上がりには体に良い香りのするものをつけて、またベッドに戻る。要は、過度な甘やかしです。

再びベッドに戻ってからが、弱り脱却イニシエーションのスタート。私を弱らせる原因から、物理的にうんと距離を取るイメージを脳内に立ち昇らせる。そして、清潔だし、体からはいい匂いがするし、自分はそんなにひどい存在ではないと、唱えるように思い続ける。自分の比較対象になるすべてを遮断することもポイントだ。内側も外側も自分ひとりになって、SNS画面のスクロールや友達とのLINEもしばし休止する。

一流モデルやアーティストばかりを担当する著名なヘアメイクアップアーティストは、弱ったら真っ暗なお風呂に高級なキャンドルをいくつも焚いて、「イケてる! 私はイケてる!」と唱えると言っていた。誰から見てもキラキラしたセレブだって、自信喪失して弱ることがあるのだ。

そもそも、他者への褒め言葉で自分が否定されたような気分になること自体、相手に悪意でもない限り錯覚だ。だから、「イケてる!」とまではいかずとも「悪くない!」くらいまでは自力で引き揚げよう。他人はアテにならないから、自分を慈しむことでボトムアップを測るしかない。言うは易く、行うは難しの典型だよね。でも、究極的にはそれしか手がないのよ。


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ライター紹介

ジェーン・スー
コラムニスト/ラジオパーソナリティ/作詞家
東京生まれ、東京育ちの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月〜木11:00〜)のパーソナリティを担当。
毎日新聞、婦人公論、AERAなどで数多くの連載を持つ。
2013年に発売された初の書籍『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ社)は発売されると同時にたちまちベストセラーとなり、La La TVにてドラマ化された。
2014年に発売された2作目の著書『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』は、第31回講談社エッセイ賞を受賞。

その他の著書に『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』(文藝春秋)、『今夜もカネで解決だ』(朝日新聞出版)、『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮社)、『私がオバさんになったよ』(幻冬舎)、脳科学者・中野信子氏との共著『女に生まれてモヤってる!』(小学館)がある

11月6日発売
最新著書『女のお悩み動物園』(小学館)
【特設サイト】https://oggi.jp/6333649
【twitter】:@janesu112
Ayumi Nishimura
イラスト
大学在学中よりイラストレーターとしての活動を開始。
2016年〜2018年にはニューヨークに在住。
帰国後も現地での経験を作風に取り入れ、活動を続けている。
【official】ayuminishimura.com/
【Instagram】:_a_y_u_m_1_/
【Twitter】_A_Y_U_M_1_
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