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「おつかれ、今日の私。」Season2

東京生まれの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のMCを務める人気コラムニストで作詞家、プロデューサーのジェーン・スーが、毎日を過ごす女性たちに向けて書き下ろすエッセイです。

おつかれ、今日の私。 vol.19

少し前のこと。女友達とふたりで一泊旅行に出かけ、ちょっといい旅館に泊まった。夕飯は部屋で食べるタイプ。大きな座卓の前に座っているだけで、中居さんが次から次へと目の玉が飛び出そうになるほど美しい一皿を持ってきてくれる、夢のような空間。

目にも舌にもうるわしい、家では絶対に食べられないタイプの和食コースを前に女友達と私は、「美味しいねえ、美味しいねえ」と舌鼓を打ちながら、どうでもいい話をしたりしなかったり、たまにスマホを見たりして食事を楽しんだ。

私たちの「美味しいねえ」はやがて「楽しいねえ」に変わり、「楽しいねえ、楽しいねえ」と言い合い、クスクス笑いながら食べ続けた。小食な女友達は食事の前に外で買ってきた焼き栗をふたつみっつ食べてしまい、コースの途中で案の定「もう食べられないよお」なんて言い出す。「仕方ないなあ」と、私は彼女の分まで炊き込みご飯を食べた。

「美味しいねえ」がいつの間にか「楽しいねえ」になった理由はなんだろう? 多分、リラックスしたまま食事ができたからだ。家では食べられないようなコース料理って、たいてい値段が高い。接待で行けば気を遣いまくって味がわからなくなるし、気の置けない友達と行ったとしても、お店の雰囲気やほかのお客さんのムードに飲まれ、失敗したくない気持ちが募り緊張してしまう。

食事ってなにを食べるかより、誰とどこで食べるかだ。学生時代、ひとり暮らしの友達の家にお邪魔して、安い食材ばかりで作った鍋の美味しかったこと!過ごした時間の楽しかったこと!

食事には社交のツールという側面もあるけれど、そこに重心が置かれ過ぎると途端に気が重くなる。「社会人」というやつになれば仕事上の親睦を深めるためにテーブルを挟む機会が増え、気が合うかどうかは問われない集いでスケジュール帳が埋まっていく。私は下戸なので酒で気を紛らわせることもできない。たいていは美味しいはずの食事を楽しめないまま帰宅して、玄関でドスンとカバンを置いたあとの第一声が「はあ、疲れた」になるのだ。本当に疲れる。食事のあとに「お疲れさま」なんて気持ちになるのは、やっぱりちょっと変だ。

新卒で入った会社では、頻繁に接待する職種に就いたこともあり、二十代後半そこそこで、私はちょっと高級な飲食店が早くも大の苦手になってしまった。いいお店に行くことが増えるたび、楽しい食事の記憶がどんどん減っていったから。友人のあいだでは、私は非グルメとしてよく知られている。

やがて接待される場面も出てくる年齢になり、指定されたお店が高級だとわかっただけでドスンと気持ちが落ちるようになった。そのくせ、よく知らない人と「ごはんに行きましょう」となると、そこそこいい店を探してしまう私がいる。それが礼儀で失敗しないやり方だと思っているから。バカみたいだけれど、失敗しないために失敗しに行くのだ。

食事、難しくなったなあ。私はファミレスやチェーンで全然いいんだけど。ずっとそう思っていた。しかし女友達と宿の部屋で二人きり(レストランの個室とはまた違う空間!)で気兼ねなく食べた和食コースは、びっくりするほど味がわかって美味しかったのだ。美味しいと自然と楽しくなった。食事って、八割くらいはこうであってほしい。食事が難しくなったんじゃない。私が食事を難しくしていたのだろう。

ああ、いつかまた旅行したいな。話の腰を折るようなタイミングで「ちょっと、これすごく美味しい!」なんて唐突に言いあえる間柄の女友達と、宿の部屋で海老しんじょうのお吸い物や鴨の焼いたのを食べてケラケラ笑いたい。


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ライター紹介

ジェーン・スー
コラムニスト/ラジオパーソナリティ/作詞家
東京生まれ、東京育ちの日本人。
現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月〜木11:00〜)のパーソナリティを担当。
毎日新聞、婦人公論、AERAなどで数多くの連載を持つ。
2013年に発売された初の書籍『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ社)は発売されると同時にたちまちベストセラーとなり、La La TVにてドラマ化された。
2014年に発売された2作目の著書『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』は、第31回講談社エッセイ賞を受賞。

その他の著書に『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』(文藝春秋)、『今夜もカネで解決だ』(朝日新聞出版)、『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮社)、『私がオバさんになったよ』(幻冬舎)、脳科学者・中野信子氏との共著『女に生まれてモヤってる!』(小学館)がある

11月6日発売
最新著書『女のお悩み動物園』(小学館)
【特設サイト】https://oggi.jp/6333649
【twitter】:@janesu112
Ayumi Nishimura
イラスト
大学在学中よりイラストレーターとしての活動を開始。
2016年〜2018年にはニューヨークに在住。
帰国後も現地での経験を作風に取り入れ、活動を続けている。
【official】ayuminishimura.com/
【Instagram】:_a_y_u_m_1_/
【Twitter】_A_Y_U_M_1_
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